カナかな団の躁鬱

つまるところ、日記BBSの過去ログです。各記事の見出し部分のナンバーは記事個別表示のアンカーとなっています。



日記

701 ホントは、やるじゃん

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月09日 02時12分

ホントは、やるじゃん っていうのは、「現在は、やりません」或いは、「さっきまでは、やりませんでした」と同義だと思うのです。

で、「さっきまでは、やりませんでした」が、「これからは、やります」っていうのなら、まだ許せるのですが、「ホントは、やるんですけれども、日頃は実力を見せないのです」なんてのは、許し難いのです。

いや、「ホントは、料金が安いんです」っていうことで、「これからは、ずーっと安くします」っていうのなら、納得するのですが、「ホントは、料金が安いんですけれど、突っ込んで来ないお客様からは、ボッタクリなんです」或いは、「ホントは、料金が安いんですけれど、いろんなコースを大量に設定しておいて、揚げ句、複雑化して、煙に巻いているのです」っていう感じがするんです。

というか、「ホントは、料金が安いので、お客様の状況に合わせて自動的にコースを設定し、最低の料金で毎月の請求をさせていただきます」くらいのサービスをしてほしいというか、 ホントは、やるじゃん なんだから、一律定額にしたっていいぢゃん、とか思うのですが、駄目ですか。

702 本文のフォントサイズ、小さいのはイヤ

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月09日 03時09分

画面サイズが、1152 × 864 、Web ブラウザの初期設定文字サイズは、13px 、というのが、うちの eMac での設定です。1024 × 768 なら、12px でも読みやすいのですが、もう少し画面を広く使いたいので、1152 × 864 なのです。

扨、通常、本文部分が読みやすいように、利用者はブラウザの初期設定文字サイズを設定します。ということは、本文部分のフォントサイズが 100% とか 1em 、或いは指定無しなら、利用者のお気に入りサイズにて表示閲覧出来るわけで(なんて話が【ねこめしにっき 】に、書かれていたよーな気がして探したけど、見つかりませんでした、ぐすん)、これが、90% とか、0.9em とか、それは読み辛いじゃんか、読みやすくするには、手間がかかって面倒じゃんかー、って時々感じさせられることがあるのです。

で、「読み辛ぇぞ、ごるぁ」などとメールを送ったりすると、「表現の自由だ、ごるぁ。読み辛かったら、ユーザースタイル使え、ごるぁ。啓蒙してやるぅっ」などと返信が来たりするので、「ユーザースタイル使うのは、面倒なんじゃ、ごるぁ。制作者スタイルを修正しやがれっ」と更に返信してやったら、ある日、全ての制作者スタイルシートが代替スタイルシートに指定されてて、素のスタイルで表示されてたりすると楽しいな。

というか、小さくて読み辛かったら、制作者に連絡しましょう。もちろん、利用者から文句を言われたからって、制作者が従わなければならないワケではないし、制作者だって言いたいことはあるでしょう。そうこうしているうちに、上手い解決策が現れないとも限りませんし。

というわけで、メールでも書こう。

「どーして、本文部分のフォントサイズ指定が、0.9em になってんじゃ、ごるぁ。読み辛ぇぢゃねーかっ。」

703 制作者スタイルシート

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月11日 03時58分

ウチの棺桶 OS 環境で、まともに使える Web ブラウザとなると、MacIE5.x あたりな訳でして、Mozilla は少々使い辛いのです。で、MacIE5.x は色々とヘタレな部分もありまして、Script の解釈とか、他所様とは違う解釈をしたり、エラーになることが間々あるのでございます。

たまに、なんらかのスクリプトを利用したリソースを閲覧いたしますと、スクリプトエラーが発生いたしまして、制作者スタイルシートが適用されない状態で、表示されることがあります。何故、制作者スタイルシートが適用されていないことに気づくかと言えば、OSX 環境の Camino 等で同リソースを閲覧した際に、表示の様子が違ったりするからでございます。

で、スクリプトエラーになるのは、MacIE5.x の問題で、つまり、ヘタレなブラウザを利用している、利用者たる私の問題であって、書かれている Script は、おそらく真っ当なものであろうと思われるので、制作者側の問題ではありません。

扨、何が言いたいのかというと、MacIE5.x で閲覧していた私は、ブラウザが提供する素のスタイルで、そのリソースを閲覧していたわけで、しかもそれに対し何の違和感も抱きませんでした。そのリソースは、そういうものだとストレートに感じていた訳で、背景画像にチョウチョが舞ってたり、綺麗な色使いになっていて欲しい、等とは思わなかったのです。つまり、ブラウザが提供する素のスタイルで表示された、そのリソースに対して、何らかの装飾が欲しいとは、全く思わなかったということです。

ひょっとしたら、夜なべしてまで、シコシコ書いた制作者スタイルシートなどというものは、利用者には全然無用の物で、実は利用者は、制作者スタイルシートなど望んでいないのかもしれません。

制作者スタイルシートの果たす役割って何でしょうか。ブラウザが提供する素のスタイルで表示されたものと、制作者スタイルシートが適用された状態では、同じ内容でも、ちょっと違う印象になります。ということは、制作者スタイルシートは、利用者に与える印象をより強烈に(または、弱く)したりすることが出来るわけです。但し、全ての利用者がそれを望んでいるわけではなく、少なくとも私は、ブラウザが提供する素のスタイルで表示されてても、何らかの装飾を渇望したりはしなかった訳で、利用者にとっては必ずしも必要なものでは無いのでしょう。<!-- 逆に言えば、制作者にとっては、凄く重要ってことにもなりそうだなあ……。-->

なんだか、訳分からなくなってきましたが、21 世紀の Web デザインなどという立場で考えると、制作者スタイルシートというものは、デザイナーのひとりよがりの決めつけによるデザインの押し付けではなく、内容の理解を促すような、利用者のアシスト役のようなものでなければならないのかもなあ、などと。

704 HTML メール

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月15日 20時42分

えーと、めも。

カナかな団においては、棺桶 OS 上で、Eudora 6 が何だか EGB と相性が悪いのか、英数入力が出来なかったり、不安定だったり、落ちたりするので、懲らしめてやろうと思い、使用中止にしました。代わって、Musashi というメーラを使用しています。

この Musashi 、HTML メールを表示することが、どうやら出来ない(HTML メールは、全て本文無しの Untitled という添付ファイルになっちゃう)ようで、添付ファイルが溜まる一方だし、面倒なので、サーバ側で HTML メールは拒否するようにいたしております。

Musashi 、起動は速いんだけどねー。Netscape のメーラを使う気にもなれんし……。困ったのぉ。

705 豆字サイトを作って人気ものになろう

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月16日 03時48分

備忘録031101-30 平成15年11月13日

めも。68 へー。分かったコト。

女子中高生にウケるには、小さい字が表示されるようにしなければならない。女子中高生の多くは、小さい字を好むが、その多くは WinIE を使っていて、また、デフォルト設定から変更したりしない。そして、WinIE のデフォルト設定では、文字サイズが「中」である。よって、女子中高生にウケるには、文字サイズ「中」で小さい字が表示されるよう、工夫しなければならない。

らしい。世の中、一筋縄ではイカンのです。

その場合、フォントサイズ固定は、0.9em なんて指定より、確かに上手い手段かもしれないなぁ。超豆字になる危険性を回避できるかもしれないもんなー。

というか、font-size : 100% ; って書くのには、ある種の人達にとって、大変な勇気が必要なのかもしれない、と思いました。

706 視聴率

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月19日 23時37分

なんですよ。

いっそのこと、全部のテレビに、視聴率調査の機械をつけて、出荷すればいいわけですよ。意外な視聴率の結果が出るかもしれません。

まあ、色々と何やらかにやらあって、実現不可能ぽいですが。

707 選挙なんてなもの

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月26日 02時40分

今さら、選挙の話なんですが。

まあ、今回の選挙、衆議院の選挙ですが、なんつーか、社民党などという教科書に名前だけ残ってて、既に消滅しててもおかしくない、化石政党と、胡散臭い共産党が議席数を減らし、減った分が民主党に回ったというだけの話だったわけで、二大政党制とかなんとか、そういうレベルの話でもなかった気がするわけです。

で、まあ、投票に行くというか、行った人と行かなかった人の違いを、極端に分ければ、政治に依存するか、独力でなんとかするかの違いなんじゃないか、などと思うわけで、とにかく不安だから、誰かなんとかしてー、の人と、不安なら、自力でなんとかしるっ、っていう人が、この世には存在するんじゃないか、なんて気もするのです。

でね、多分、職が無いとか、先行きが心配なんて問題は、実際のところ、政治に期待しても駄目なんじゃないかって気もするし、やっぱり結局、自分でなんとかしなきゃなんないわけで、女房に「政治が悪いのさー、全部コイズミの所為なのさー」なん嘯いてみたところで、「アンタがしっかりしってないからじゃないのっ」って言われるのは火を見るより明らかだったりするのです。

まあ、外交とか色々、政治の仕事はあるわけで、日本つー国を考えるなら、選挙も行かなきゃなんねーべさ、っていうのも分かりますけど。

というか、投票した結果として現れる、民意とか無党派層なんてのは、結局のところなんらかの意志があるわけで、それは、やっぱり何かの思想や主義主張や、ひいては宗教とも言えそうなものだろうと思うのです。なんの拘りも、なんの柵も無く、なんの主張も、要求も、何も無い人ってのは、投票しないわけで、そういう民意ってのは、読み取れないわけで、そういう人が 40% 超いるってことで、そういう人はイザって時も投票しないんじゃないかなと思うのです。ていうか、イザっていう時ってどんな時なんだろー、って気もします。

ところで、宗教の人が政党を作るのは、当然で、多くの宗教は国家を形成するのが最終目的だったりするし、とても健全だと思います。というか、まあ、他所と違う主義主張があれば、政党を形成してもオカシクはないですし、支持母体が宗教団体だからといって、駄目ってわけじゃないですし。信者が増えれば、与党第一党だし、国民の大半がその宗教の信者なんて国も、有りそうだし。おお、そう考えれば、この国は、自民信者と民主信者が、そこそこ居るということだあっ。

なんか、意味わかんねっ。

708 嫌酔運動

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年11月26日 15時38分

酔っ払いは危険であります。

酔っ払い運転は当然ですが、酔って暴行する等、酔っ払いを野放しにしているため、新聞記事のネタには事欠きません。

歩き煙草、つまり歩行中の喫煙は危険なので、禁止されている場所が多く存在します。しかし、殺人まで犯す危険性の有る、歩き酔っ払いは、割と寛容に扱われます。

煙草の煙を嫌うヒトのため、分煙という手法が使われたり、或いは禁煙になっている場所が少なくありません。なのに、酔っ払いを嫌うヒトのために、分酔とか、禁酔とかは施行されていません。問題です。マジに。

あの気持ち悪い臭いを発散している、酔っ払いが周囲に居るなんて、許せないじゃあないですか。酔っ払いは酔いが醒めるまで、表に出てはいけません。飲み屋、或いは自宅に閉じこもっているべきなんです。

酔っ払いを街から追放しろー。

というわけで、私、嫌酔運動を推進するものであります。嫌煙運動に足並みを合わせて、表現の自由と平和主義と原発反対も絡めれば、万全だと思うのですが……。<!-- あ、ナントカ法改悪反対とか謳わないと効果半減なんだっけ -->

709 バイクとカテゴリー

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年12月02日 19時38分

以前にも書きましたが、バイクってのは、カテゴリーが細かく分類されていて、汎用性が低く、用途にあわせて先鋭化されています、割と。実際のところ、その方向性は、設計者或いはメーカが考えるところの用途に向けて、絞り込まれているわけで、必ずしも、ユーザの考える用途に合致した仕様というわけでもありませんが。

かつては、中小排気量から様々なバイクがラインナップされていましたが、バブル崩壊後、メーカの弱体化や市場の縮小、排ガス規制の強化、また、大型自動二輪免許取得の簡易化により、大排気量指向が強まり、百花繚乱だった中小排気量のラインナップは減少、消失し、現在は寂しいものになっています。それでも、カテゴリー分けは存在しており、街乗りやツーリング向け、スポーツバイクなどといったクラスは、メーカ側にも、多くのユーザにも潜在的に認知されています。

たしかに、4 輪に比べれば、遥かに単用途化されているので、初心者がバイク選びに迷うなんてことも、頷けなくはないのです。が、ぶっちゃけたところ、パッと見て、気に入ったら、用途なんて考えずに乗ってみれ、て気もしてます。メーカお仕着せのカテゴリーなんかに惑わされず、自分で判断するのが一番じゃないかと。

ケツが痛くなろうが、振動が酷かろうが、乗って楽しい瞬間があれば、それで良しだと思うのです。

……ってのは、バイクに乗ることが楽しいってライダーに限る話です。旅行に行くのが好きで、そのためにバイクに乗るってなら、ツーリングバイクと呼ばれるものを購入することを勧めるのに、やぶさかではありません、もちろん。

710 日記だから何か書く

  • 投稿者 首領
  • 投稿日 2003年12月06日 21時26分

ほーむぺーじ を作ろうと思っている人への警告文だ。

Webに文章を公開する仕組の敷居が低くなつた一方で、文章を公開するリスクは低くなつてゐない。その邊の「啓蒙」がまづ必要である。

日本には、「形から入る」人間が多過ぎる。「公開出來るから公開する」と云ふのは、目的と手段とが顛倒してゐる。

何か言ひたい事があつて、それで文章を書く、と言ふのなら話は解る。しかし、文章を書く場がある、だから言ひたい事をでつち上げる、と云ふのはをかしい。しかし、今の「ほーむぺーじ」の世界では、その種の「逆轉現象」が推奬されてゐるやうに思はれる。

「書く事がないなら書かない」「目立ちたくなければ目立つやうな態度をとらない」と云ふのが、當り前の態度だらう。

今のウェブでは、「目立つやうな態度をとりながら、注目を浴びたら文句を附ける」と云ふ、「俺に眼を附けたな貴樣」と云ふやくざの恐喝にも似た態度をとる人が、餘りにも多い。

なんて、書くことがないので、まるで転載のような引用をしてみたり。というか、多分、引用として成立していないよなぁ。

「ひっそりやりたいサイト」っていうのは、何を、ひっそりやっているのか、ってのも気になるところだぁ。

アクセス過多でサーバーパンクってのも、やるせない潰れ方ですが、アクセスが急増してサイト閉鎖に至る、正当そうな理由って他にあるのかなあ。開放されている場所で何事か呟いていたら、いずれ、誰かに発見されて、注目を集めることもあるだろうし。注目されたくないのなら、閉じた部屋で呟いていればいいのだし、うーむ、わからんっ。

馬鹿さらけだして、馬鹿じゃんっ、と指さされても、平気な顔して生きていけないようなら、ブログなんて恥ずかしい単語を口に出来ませんよ、などと思いつつ、恥ずかしくてブログなんて言えませんよ、私は。

なんか、腹減ったっぺよ、おめ。


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